
ガバメントクラウド移行後にコストが3〜5倍に膨張 ― なぜ「3割削減」の目標と真逆の結果が生じるのか。デジタル庁一次資料と現場実務者の声をもとに、構造的原因5つを整理し、GCInsight編集部の分析を加えます。
「運用コスト3割削減」――ガバメントクラウド(以下、ガバクラ)推進の旗印として掲げられてきたこの数字が、いま現場で大きく揺らいでいます。デジタル庁が2024年9月に公表した先行事業の中間報告では、宇和島市・須坂市・美里町・川島町・笠置町など、移行後にコストが従前を上回った自治体が複数確認されました(出典: 内閣府規制改革WG資料、2024年11月25日)。中核市平均で2.3倍、最大で5.7倍という数字も報告されています。
なぜ「削減」を目的とした移行で、逆にコストが膨らむのか。
本記事では、デジタル庁の一次資料をもとにコスト増大の構造的原因5つを整理します。民間企業に馴染みのある言葉に翻訳しながら、現場実務者の声もあわせてお伝えします。
まず、コストが膨らむ仕組みを図解で確認しましょう。
flowchart TD
A[移行前:オンプレ運用] --> B[ガバクラへ移行]
B --> C1[通信回線費の純増]
B --> C2[クラウド利用料の増加]
B --> C3[運用管理補助委託費の発生]
B --> C4[二重インフラ期間コスト]
B --> C5[為替・物価上昇による外部要因]
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style C2 fill:#ef4444,color:#fff
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デジタル庁の資料では、これらを「機能強化・構造的な要因」と「外部要因」の2軸で整理しています。
民間企業に置き換えれば、全支店のERPを同時に別ベンダーのクラウドへ入れ替えろと言われているようなものです。しかもERPの仕様は国が決め、移行先のクラウドも指定される。移行中も旧システムは止められない。これがコスト膨張の正体です。
以下、各原因を順に見ていきます。
ガバクラへの接続には、既存の庁内ネットワークとは別に専用の回線が新たに必要となります。従来のオンプレミス環境ではデータセンターと庁内をつなぐ回線だけで足りていましたが、ガバクラ接続では「庁内→ガバクラ(AWS・OCI等)」への専用回線が追加されます。
これはコスト構造上の「純増」です。既存の回線を廃止・集約できれば相殺可能ですが、庁内システムが並行稼働する移行期間中は二重にコストが発生します。
デジタル庁の投資対効果検証では、費用増加の大きな要因として**「通信回線費」が筆頭に挙げられ**、移行後コストの押し上げ要因の中で最も影響が大きい項目の一つとされています(出典: デジタル庁「ガバメントクラウド先行事業 投資対効果検証 中間報告」2024年9月6日)。
対策の方向性:ガバクラ向け接続をデータセンター向け回線に集約し、回線数を削減する。または光回線等の代替回線の中で合理的なものを選定することが求められています。
「クラウドはオンプレより安い」というイメージが先行しますが、実際の課金構造は複雑です。ガバクラの利用料は従量課金が基本であり、アクセス量・データ転送量・ストレージ容量によって費用が変動します。
特に問題となるのは以下の点です。
デジタル庁の資料では「長期継続割引(AWSにおけるリザーブドインスタンスやセービングプランといったファイナンスプランの適用)は、依然として費用逓減に効果的」と明記されており、これが未適用の自治体では余分なコストを払い続けている状態です(出典: デジタル庁「ガバメントクラウド先行事業 投資対効果検証 中間報告」2024年9月6日)。
コスト最適化の具体的手法については、自治体GCのFinOps入門で詳しく解説しています。
オンプレミス環境では、庁内の担当者または既存のSIerが一括して運用管理を担っていました。ガバクラへの移行後は、クラウド特有の運用管理作業(IAM権限管理、セキュリティグループ設定、ログ監視、バックアップ管理等)が発生し、これを外部委託するための**「運用管理補助委託費」が新たなコスト項目として加わります**。
自治体の情報担当部署は人員が限られており、クラウド運用の専門知識を持つ職員は少ないのが実態です。そのため、クラウドベンダーや専門事業者への委託が避けられず、この費用が移行後コストを押し上げます。
デジタル庁の費用分析でも、この「運用管理補助委託経費」は移行後に新たに発生する費用項目として明示されており、特に小規模自治体で影響が大きいとされています(出典: デジタル庁「標準化・ガバクラ移行後の運用経費の増加要因(イメージ)」2025年6月)。
対策の方向性:マネージドサービスの自動化機能を活用して運用工数を削減するとともに、共同利用により複数団体で運用管理コストを分担することが有効です。
移行は一瞬で完了するものではありません。多くの自治体では、旧システムからの段階的な移行を余儀なくされており、移行期間中に旧システムと新システムを並行稼働させる「二重コスト」が発生します。
この二重コストは以下の要因で拡大します。
自治体がガバクラ移行に際して活用できる財政支援として、総務省の「デジタル基盤改革支援基金」があります。令和2年度第3次補正予算での1,508.6億円を皮切りに、令和5年度補正予算での5,163.1億円など、累計で数千億円規模の国費(国費10/10)が投じられています。ただし、この補助は移行経費を対象としており、移行後の運用コスト増加分には適用されない点に注意が必要です(出典: 総務省「デジタル基盤改革支援基金」関連資料)。
移行遅延がコストに与える影響の詳細は、コスト増大の構造的3要因でも取り上げています。
上記4つは構造的・内部的な要因ですが、もう一つ見落とせないのがマクロ経済環境の変化です。デジタル庁の資料では「人件費の増加・賃上げ、為替等のマクロ経済環境の変化」が費用増加要因として明示されています(出典: デジタル庁「標準化・ガバクラ移行後の運用経費の増加要因」2025年6月)。
クラウド利用料の多くはドル建てで精算されます。円安が進行した場合、円換算のクラウド費用は上昇します。2022〜2024年にかけての円安局面では、AWS・Azure・GCPのいずれも価格改定(値上げ)が実施されており、多くの自治体が見積もり時より高い金額での本番稼働を余儀なくされました。
また、IT人材の需給逼迫による人件費上昇も、クラウド運用委託費の価格上昇につながっています。これらの外部要因は個々の自治体では制御できないため、見積もり時には一定のバッファを持たせる必要があります。
費用増加の実態を受け、デジタル庁は2025年6月の「地方公共団体情報システム統一・標準化に関する検討会」において、当面の対策として以下を示しています(出典: デジタル庁「地方公共団体の基幹業務システム統一・標準化 検討会 資料」2025年6月13日)。
| 対策 | 内容 |
|---|---|
| 見積精査支援の拡充 | 自治体からの要望に基づく見積精査(ガバクラ利用料が中心)を拡充。330自治体から要望があり、2025年6月時点で33自治体の精査が終了 |
| ガバクラ利用料割引交渉 | デジタル庁によるクラウド事業者への価格交渉 |
| 共同利用の推進 | より多数の団体での共同利用により、規模の経済を働かせてコストを低減 |
| 財政措置の検討 | 移行後のシステム運用経費増加に対する財政措置のあり方の検討 |
特に「見積精査支援」については、自治体側での見積精査に限界があるという声を受けて拡充方針が示されています。ガバクラ移行を控えた自治体は、デジタル庁の見積精査支援を積極的に活用すべきでしょう。
人口規模が小さい自治体ほど、コスト増大の影響を受けやすい構造となっています。その主な理由は以下の通りです。
デジタル庁の先行事業で費用増加が確認された自治体の多くは、中規模以下の自治体です(宇和島市・須坂市・笠置町等)。1741自治体の大多数を占める中小規模自治体においては、コスト試算の精度向上と財政支援策の確認が急務です。
コスト増大の問題は、行政文書の中だけの話ではありません。note.comやXでは、ガバクラ移行の最前線にいる実務者たちが率直な声を上げています。
ガバクラ周りと20業務を担当する地場ベンダーのMeteor氏は、コスト構造の本質をこう指摘しています。
通信回線費、クラウド利用料、運用管理補助者費用——よく見てほしい。これらはそもそもガバメントクラウドを利用しなければ発生しない。現状が自治体クラウドなどで既にコスト最適化がされていたと仮定すると、ガバメントクラウドは余剰な投資と言えるかもしれない。
— Meteor「第1回:標準化・ガバクラでなぜコストが増大するのか」(note.com、いいね94)
同氏はまた、自治体とクラウドの相性について「今まで軽自動車で不便を感じていなかった人に対して、半強制的にベンツに乗らされている状態」と表現しています。メリットがある自治体には有効だが、全自治体に一律適用する必然性があるのか、という問いかけです。
自治体システム標準化の実務に携わるSEの「標準化どうしましょう」氏は、デジタル庁が掲げるガバクラの特徴に対してこう切り返しています。
●コスト効率の高いシステム構築を行える基盤 → コスト効率?何とどう比較してコスト効率が良いの?
●迅速、柔軟、セキュアで—— → 迅速?GCAS申請してからどのくらいかかる? 柔軟?長期割引のRI/SPは年に1回1時間だけの申し込みのどこが柔軟?
— 標準化どうしましょう「ガバメントクラウドにおけるモダン化の意味と定義のギモン」(note.com、いいね174)
2024年12月の衆議院「地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員会」では、ガバクラ移行後の運用経費増加について質疑が行われました。自治体側からは「ベンダーの見積もり根拠が不透明」「デジタル庁による価格交渉の実効性が見えない」といった声が上がっています(出典: kokumin_a氏による質疑文字起こし)。
以上のデータと現場の声を踏まえ、当編集部は次のように分析します。
コスト増大は「移行の失敗」ではなく、制度設計に内在する構造的な帰結です。
3割削減という目標は、クラウドの「規模の経済」と「従量課金の柔軟性」を前提としています。しかし自治体基幹系システムの実態は、トラフィックが安定的で急激なスケーリングが不要なワークロードです。クラウドの強みが最も活きにくい領域に、クラウドを一律適用しているところに根本的なミスマッチがあるのではないでしょうか。
Meteor氏の「軽自動車vsベンツ」の比喩は、この問題の核心を突いています。デジタル庁が進めている非機能要件の見直しは、「ベンツの装備をどこまで外せるか」の議論であり、方向性としては正しいと考えます。ただし、そもそも全員がベンツに乗る必要があるのかという問い自体に、国は正面から向き合う必要があるのではないでしょうか。
この構造が続く限り、「3割削減」の看板を掲げ続けることは現場との乖離を広げるだけではないか——当編集部は引き続きデータで追跡していきます。コスト問題の構造的要因をさらに深掘りした記事は コスト増大の構造的3要因 をご覧ください。
→ コスト効果データをダッシュボードで確認する → クラウド別ベンダー一覧を見る → 共同利用でコスト削減した事例を読む
デジタル庁「令和5年度ガバメントクラウドの先行事業(基幹業務システム)における調査研究 投資対効果の検証 中間報告(令和6年9月6日公表)」 https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/cadc83bd-9e0b-4c7c-883d-f09eeb314ecc/01ef7e78/20240906_policies_local_governments_government-cloud-interim-report_outline_03.pdf
デジタル庁「地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化 検討会 資料2(2025年6月13日)」 https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c58162cb-92e5-4a43-9ad5-095b7c45100c/dc96d895/20250613_policies_local_governments_doc_02.pdf
デジタル庁「地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化 検討会 資料1(2025年6月13日)」 https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c58162cb-92e5-4a43-9ad5-095b7c45100c/9b626d3b/20250613_policies_local_governments_doc_01.pdf
内閣府 規制改革推進会議 第6ワーキング・グループ「資料3-2」(2024年11月25日) https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/wg6/20241125/pdf/shiryou3-2.pdf
デジタル庁「第X回 地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化に関する検討会 資料(2025年6月16日)」 https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/e9da3694-1711-401f-bfc3-222d2d923990/8b09a979/20250616_meeting_local_governments_outline_02.pdf
総務省「デジタル基盤改革支援基金 関連資料」 https://www.soumu.go.jp/main_content/001053408.pdf
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